過去を思い出しながらの記述なので、古い順に表示しています。
左のもくじは、新しい順に表示しています。短い間でしたが、姑の在宅介護をしておりました。
当時を思い出しながら、ブログに残しておこうと思います。
ご経験されたかたなら、片鱗を読んでいただければ
「ああ、そうそう」 「わかる、わかる」と
うなづいていただける場面は多いと思います。
在宅介護未経験のかたは、
どのようなご感想をもたれるかまったく想像できませんが、
できるだけ感情的表現は抑えて、事実のみを記述したいと思います。
また、介護のお仕事に就いている方は
おそらく不愉快に感じる表現がたくさん出てくると思います。
批判・反論にもできるだけお答えしていくつもりですが、
お返事できないこともあるかも知れません。
どうかご理解ください。
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- 2007/10/10(水) 20:49:26|
- はじめに
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| コメント:31
はっきり言って私は、モテませんでした。
独身時代、男性とお付き合いしたのは1回だけ。
恋愛を楽しむ・・・という性格でもなかったと思います。
交際する = 結婚前提 =親に紹介する
という図式が正しい、真面目な交際だと思っていました。
その、1回だけお付き合いした男性は、7歳年上で
お互い、結婚を意識してもおかしくない年齢でした。
でも彼は、私を家に連れて行こうとはしませんでした。
当時私は、アパートで一人暮らし。
当然、彼がうちに来たら、やることは決まってます。
それだけはちゃんとやるくせにね(笑)
家に連れて行ってくれない
ご両親に私を紹介してくれない
だんだん冷めていき、結局、分かれました。
それから5年くらいたって、20代まんなかあたり。
結婚したいお年頃ですが、もちろん男性とはなかなか縁遠く
しかもお仕事が残業続きで、毎日終電で帰るありさま。
男性と出会うチャンスもないままでした。
そこで、ヒョンなきっかけで出会ったのがマサルさん(仮名)でした。
マサルさんは、年齢よりだいぶ老けており、
どう見てもモテるタイプじゃありませんでしたが、
おしゃべりも面白く、レディファーストっぽい優しさもあり、
気配りがあり、決して怒らない、穏やかな性格でした。
マサルさんとの交際が始まるわけですが・・・
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- 2007/10/10(水) 21:15:42|
- 家庭環境
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5年ぶりに、男性とお付き合いすることになったのですが・・・
でも、当時の私は毎日午前様。デートなどままなりません。
そこで、マサルさんは
会社から私の自宅まで車で1時間以上かかる距離を
毎日毎日、送ってくれたのです。
いつも午後10時以降、ひどいときは12時前後なのに
それから1時間以上運転し、私のマンションまで送り届けると
また1時間以上かけて、自宅に戻っていくのです。
デートは車の運転だけ 他はなにもなし。
そんな関係が半年続きました。普通なら、嫌になりますよね。ただのアッシーじゃないですか、
しかもこんな私のために・・・・
ある日、マサルさんは、
「今日は遅いからウチに泊まってけ。お袋いるけど、大丈夫だから」
と言ったんです。ものすごく驚きました。
深夜に突然泊まりにあがりこむなんて、非常識もはなはだしい。
お断りしましたが、マサルさんはなかなか引きません。
でも・・・車の運転もかなり辛いんだろう・・・
もう終電も出てしまった。帰る方法もない、
「じゃ、お言葉に甘えるね、今回だけだから・・・ごめんね」
「謝ることない、お袋もそのほうが喜ぶんちゃうか?」
何気なく言った言葉だったのですが、すごく感激しました。
お袋・・・つまり私をお母さんに会わせてくれる。
真剣なんだ、遊びの付き合いじゃないんだ。それどころか、イマドキ婚前交渉もないまま
アッシーだけの付き合いでこれほど長く続いてるんですから。
この人なら大丈夫だ ついていこう
真剣に、本当に真剣にそう思いました。
信じていました・・・・
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- 2007/10/11(木) 18:00:00|
- 家庭環境
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マサルさんと結婚しよう。マサルさんに一生ついていこう。
お母さまは具合が悪いらしいけど、大丈夫だ。
お母さまが、私を歓迎してくれる。
本当の親と思って、家族になろう。
当時20代の後半に入るところ。
私でも結婚できた喜びがとても大きくて、
その後の波乱など全然想像できませんでした。
いえ、マサルさん自身も、想像できなかったでしょう。
マサルさんは、これまでの家庭環境を説明してくれました。
マサルさんのお父さんとお母さんは昔から仲悪くて、
いつもケンカしてたこと。
マサルさんが高校生のとき、お父さんは家を出てしまったこと。
お母さんはマサルさんの兄夫婦と同居していたが、
兄嫁とケンカして別居してしまったこと。
弟であるマサルさんがお母さんを引き取って、
お父さんとお母さんを正式に離婚させたこと。
両親離婚後、以前の家は売り払い、
父親とマサルさんとで折半したこと(兄にはなし)。
そのお金をもとに、お母さんと暮らすための
小さな家を30年ローンで購入したこと。
話を聞いて、両親の不仲のなかで育ったんだな・・・ということは
想像できましたが、その時はそれ以上はわかりませんでした。
私というと・・・とても平凡な、両親共働きの核家族でした。
田舎育ちの、お人好しの父親と、ちょっと天然気味の母親(笑)
普通のケンカぐらいはしても、離婚寸前までの深刻な事態には
なったことはなく、普通の夫婦、普通の親子関係でした。
父は真面目で、ウソがつけず、実直に働き続けた平凡なサラリーマン。
母は私が子供のころからパート勤めをしており、家事は苦手でした。
それくらいで・・・特別なことはない、ごく普通の家庭で育ちました。
結婚が決まると、父はこう言いました。
同居らしいが、お義母さんを大切にしろよ。
可愛がってもらえるよう、頑張るんやぞ。
今思えば、父らしい言葉ですが・・・当時の私はその言葉が
どんなに重く、人が好い、バカ正直な文句だったのか
まったくわからず、ただの常套句のように感じていました。
なぜわざわざ、育った家庭環境を書いたのかというと・・・
少しでも愛情ややりがいを持って在宅介護をできるかどうか
大きく影響する原因だとわかったからです。FC2 Blog Ranking
- 2007/10/12(金) 18:00:00|
- 家庭環境
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