人間(こころ)が壊れるとき

10年間の結婚生活と在宅介護記録です。

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ごあいさつ

過去を思い出しながらの記述なので、古い順に表示しています。
左のもくじは、新しい順に表示しています。


短い間でしたが、姑の在宅介護をしておりました。
当時を思い出しながら、ブログに残しておこうと思います。

ご経験されたかたなら、片鱗を読んでいただければ
「ああ、そうそう」 「わかる、わかる」と
うなづいていただける場面は多いと思います。

在宅介護未経験のかたは、
どのようなご感想をもたれるかまったく想像できませんが、
できるだけ感情的表現は抑えて、事実のみを記述したいと思います。

また、介護のお仕事に就いている方は
おそらく不愉快に感じる表現がたくさん出てくると思います。
批判・反論にもできるだけお答えしていくつもりですが、
お返事できないこともあるかも知れません。

どうかご理解ください。


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  1. 2007/10/10(水) 20:49:26|
  2. はじめに
  3. | コメント:29

序章:家庭環境

介護には星の数ほどパターンがあります。
同じ病気、同じ年齢、同じ性別、同じ体格でも
個人によって、介護方法はすべて異なります。

なぜなら、介護する人、される人、その家族、
親子関係、兄弟関係、夫婦関係、友人関係、
みなそれぞれ性格が違う、育った環境が違う、

それによって、介護方法だけでなく、
介護の辛さ、やりやすさ、ストレス度など、
すべて異なるというのが私の感想なのです。

まずは、介護生活以前の、家庭環境から綴ります。

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  1. 2007/10/10(水) 21:01:14|
  2. 家庭環境
  3. | コメント:8

No.1(元)夫と出会う

はっきり言って私は、モテませんでした。
独身時代、男性とお付き合いしたのは1回だけ。
恋愛を楽しむ・・・という性格でもなかったと思います。

交際する = 結婚前提 =親に紹介する

という図式が正しい、真面目な交際だと思っていました。
その、1回だけお付き合いした男性は、7歳年上で
お互い、結婚を意識してもおかしくない年齢でした。

でも彼は、私を家に連れて行こうとはしませんでした。

当時私は、アパートで一人暮らし。
当然、彼がうちに来たら、やることは決まってます。
それだけはちゃんとやるくせにね(笑)


家に連れて行ってくれない
ご両親に私を紹介してくれない

だんだん冷めていき、結局、分かれました。



それから5年くらいたって、20代まんなかあたり。
結婚したいお年頃ですが、もちろん男性とはなかなか縁遠く
しかもお仕事が残業続きで、毎日終電で帰るありさま。
男性と出会うチャンスもないままでした。



そこで、ヒョンなきっかけで出会ったのがマサルさん(仮名)でした。

マサルさんは、年齢よりだいぶ老けており、
どう見てもモテるタイプじゃありませんでしたが、
おしゃべりも面白く、レディファーストっぽい優しさもあり、
気配りがあり、決して怒らない、穏やかな性格でした。


マサルさんとの交際が始まるわけですが・・・

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  1. 2007/10/10(水) 21:15:42|
  2. 家庭環境
  3. | コメント:0

No.2 結婚を決意

5年ぶりに、男性とお付き合いすることになったのですが・・・
でも、当時の私は毎日午前様。デートなどままなりません。

そこで、マサルさんは


会社から私の自宅まで車で1時間以上かかる距離を
毎日毎日、送ってくれたのです。

いつも午後10時以降、ひどいときは12時前後なのに
それから1時間以上運転し、私のマンションまで送り届けると
また1時間以上かけて、自宅に戻っていくのです。


デートは車の運転だけ 他はなにもなし。
そんな関係が半年続きました。


普通なら、嫌になりますよね。ただのアッシーじゃないですか、
しかもこんな私のために・・・・


ある日、マサルさんは、

「今日は遅いからウチに泊まってけ。お袋いるけど、大丈夫だから」

と言ったんです。ものすごく驚きました。

深夜に突然泊まりにあがりこむなんて、非常識もはなはだしい。
お断りしましたが、マサルさんはなかなか引きません。

でも・・・車の運転もかなり辛いんだろう・・・
もう終電も出てしまった。帰る方法もない、


「じゃ、お言葉に甘えるね、今回だけだから・・・ごめんね」

「謝ることない、お袋もそのほうが喜ぶんちゃうか?」


何気なく言った言葉だったのですが、すごく感激しました。

お袋・・・つまり私をお母さんに会わせてくれる。
真剣なんだ、遊びの付き合いじゃないんだ。


それどころか、イマドキ婚前交渉もないまま
アッシーだけの付き合いでこれほど長く続いてるんですから。




この人なら大丈夫だ ついていこう



真剣に、本当に真剣にそう思いました。
信じていました・・・・

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  1. 2007/10/11(木) 18:00:00|
  2. 家庭環境
  3. | コメント:0

No.3 環境の違い

マサルさんと結婚しよう。マサルさんに一生ついていこう。
お母さまは具合が悪いらしいけど、大丈夫だ。


お母さまが、私を歓迎してくれる。
本当の親と思って、家族になろう。


当時20代の後半に入るところ。
私でも結婚できた喜びがとても大きくて、
その後の波乱など全然想像できませんでした。

いえ、マサルさん自身も、想像できなかったでしょう。



マサルさんは、これまでの家庭環境を説明してくれました。



マサルさんのお父さんとお母さんは昔から仲悪くて、
いつもケンカしてたこと。

マサルさんが高校生のとき、お父さんは家を出てしまったこと。

お母さんはマサルさんの兄夫婦と同居していたが、
兄嫁とケンカして別居してしまったこと。

弟であるマサルさんがお母さんを引き取って、
お父さんとお母さんを正式に離婚させたこと。

両親離婚後、以前の家は売り払い、
父親とマサルさんとで折半したこと(兄にはなし)。

そのお金をもとに、お母さんと暮らすための
小さな家を30年ローンで購入したこと。


話を聞いて、両親の不仲のなかで育ったんだな・・・ということは
想像できましたが、その時はそれ以上はわかりませんでした。



私というと・・・とても平凡な、両親共働きの核家族でした。

田舎育ちの、お人好しの父親と、ちょっと天然気味の母親(笑)
普通のケンカぐらいはしても、離婚寸前までの深刻な事態には
なったことはなく、普通の夫婦、普通の親子関係でした。
父は真面目で、ウソがつけず、実直に働き続けた平凡なサラリーマン。
母は私が子供のころからパート勤めをしており、家事は苦手でした。

それくらいで・・・特別なことはない、ごく普通の家庭で育ちました。


結婚が決まると、父はこう言いました。

  同居らしいが、お義母さんを大切にしろよ。
  可愛がってもらえるよう、頑張るんやぞ。

今思えば、父らしい言葉ですが・・・当時の私はその言葉が
どんなに重く、人が好い、バカ正直な文句だったのか
まったくわからず、ただの常套句のように感じていました。



なぜわざわざ、育った家庭環境を書いたのかというと・・・
少しでも愛情ややりがいを持って在宅介護をできるかどうか
大きく影響する原因だとわかったからです。


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  1. 2007/10/12(金) 18:00:00|
  2. 家庭環境
  3. | コメント:0
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プロフィール

Author:サトコ
8年間の同居・介護
その2年後に離婚
約10年間の結婚生活を
綴る過去日記です。

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