人間(こころ)が壊れるとき

10年間の結婚生活と在宅介護記録です。

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No.113 嵐の終息

厳しい夏も終わりを告げ、朝夕に涼しい風を感じるようになりました。
日没の早さが徐々にわかるようになり、額の汗も少なくなりました。


待望の、秋の到来でした。


少しずつ、少しずつですが、姑の身体は好転していきました。
口のロレツもおさまっていき、冷水タオルの使用も少なくなり、
抱えるときも、夏のように重さを感じなくなりました。



ああ・・・去年の退院の時とおんなじだ・・・・
やっぱり季節が変わるとこんなにも違うんだ・・・・




夜間譫妄は相変わらずでしたが、昼間の具合がグンと良くなったため
私の身体の負担も明らかに軽くなり、なんとか対処していくことができました。

9月はまだ残暑厳しかったのですが、それでも猛暑の7・8月とは
比較にならないほど、介護苦は軽減されました。




まず、夜間と朝夕の気温がグッと下がったこと。
これだけでも、上肢のふらつきが大分マシになります。
ふらつきがおさまると、叫んだり暴れたりすることはないのです。

姑の体温の上昇が抑えられたこと。
冷水タオルで身体を拭く回数が減ったのはもちろんですが
体温が安定するとロレツもまともになり、会話ストレスもなくなります。

お散歩の時間が徐々に元通りになっていったこと。
やはりお散歩は、日没前後の暗いときより、昼間明るいうちのほうが
気分は全然違いますし、家事の段取りもスムーズに行えます。



そして、介助の体力負担がグッと軽くなったこと。

姑自身の体力が少しずつ戻って来たため、抱えるときに
しっかりしがみつくようになり、立ち姿勢も安定してきました。

座る姿勢も安定し、腰の前ズレもほとんどなくなりました。
5cmずつのお尻の移動も、しなくてすむようになりました。

もちろん、余分なトイレ回数もなくなっていきました。
おならも排便も、幾分、自力でこなせるようになりました。





夏と冬の、こんなにも違う姑の身体・・・・

これが同一人物だなんて、信じられないくらい・・・







去年の秋は・・・姑の症状が良くなるにつれ、辛いながらも
在宅介護にやりがいを感じることができた、姑の笑顔が嬉しかった、




でも今は違う


これは一時的なもの、寒い間の、長い冬休みのようなもの


手放しで喜べない また地獄の夏はやってくる




それがわかっている・・・






でも、とにかく、長い長い夏は終わった、
しばらく、夏の介護疲れを解消したい・・・
介護が少しでも楽な今の時期に甘えたい・・・


春まで、あと半年もある、
束の間だけど、この半年間で・・・・ゆっくり考えてみよう







しばらくは・・・忘れよう

なぁ〜んにも考えずにいよう



あの地獄を








体調が数倍安定してきた姑は、心の幾分余裕が出てきました。
表情も、嫌味のない自然な笑顔が増え、私に対しても
「ありがとう」「助かるわ」と言った、感謝の気持ちを表現して
くれるようになりました。身体と心はストレートにあらわれます。


でも、私はすでに以前のこころは無くしていました。





少しでも介護が楽になった分、姑に余裕を持って接することは
出来ましたが、こころの中は、ちょっと前の、真夏の地獄のまま・・・



この醜いこころは、時間でさえもなかなか解決してくれませんでした。

むしろ、姑が私に笑顔を見せるにつれ、人間が信じられなくなりました。







追い詰められたニンゲンは、ここまで人格が変わってしまうということ。

食べる・寝るという本能をうばうだけで、理性は吹っ飛び
本能だけの動物になってしまうということ。

生死がかかると、思いやりや愛情なんか吹っ飛んでしまうこと。




これは・・・私と姑(の性格・相性)だから?
他の人は違うんだろうか?・・・・


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  1. 2008/01/26(土) 18:04:14|
  2. 介護後期(在宅最後迄)
  3. | コメント:2
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コメント

『生死がかかると、思いやりや愛情なんか吹っ飛んでしまうこと』
少なくとも俺は同じですよ。
血の繋がった祖母でも看きれなかった。
『もう耐えれない』って思ったとき、祖母より自分を選びました。
例え無理して祖母の介護を選んでも介護者が倒れれば結果は同じ。
だったら・・・
理想はそこまで追い詰められる前に何か対策を打つ事なんでしょうが、それが出来なかった。
色んな介護施設や役所にも相談に行ったけど何もしてくれなかった。

あの状況に耐えれる人なんていないですよ。
周りの協力がないと・・・
  1. 2008/01/27(日) 09:48:45 |
  2. URL |
  3. ツナ #-
  4. [ 編集]

辛いねぇ・・・

認知症のお祖母さまの介護・・・本当に頭が下がります
(↑これが何のなぐさめにもならないのも、よくわかります)
ツナさんブログで、その様子がよ〜くわかります。辛さも怒りもマックスなのが。
施設の対応に言葉が見つからず、いつもロムしてコメントが書けないままです。
でもこういう裏側をブログで公開するのは必要だと思いますよ。
今は知らない、関係ないかたがたも、介護は必ず襲ってくることですから。
(介護する側あるいはされる側として)

家族で看れないのは、手が足らないとか手間がかかるというレベルじゃなく
「どっちかが死んでしまう」ということなんですね。オーバーでもなんでもない。
実際、サツジンや心中事件、あるんですから。
そういう追い詰められた状態だから、施設に入れるのですから。
介護士さん達もそれはわかってるはずなのに、なんであっさりと「ダメ」と
判断されるんだろう?「ハンザイを犯すならアンタラがして」と言われてるようで
悔しくてなりません。介護が重く困難なヒトほど、施設は必要で命ですよ。
決して安易に「施設入所」を選んでるんじゃないんですもんね。
(そもそも簡単に入所できない仕組みになってるしね)

認知症で人格が変わってしまわれたかたの介護は、家族でも介護士でも
大変なのはかわりないでしょう。でも家族はどうしたって逃げられない。
施設や介護サービスで、他人の力で協力してもらわないと持たない
それを絶たれたら、いきつくとこまで行ってしまうのは目に見えてる「はず」。

介護者は、「見て見ぬフリ」をしてる人がよーくわかってしまいますね。
  1. 2008/01/27(日) 12:52:46 |
  2. URL |
  3. サトコ #5nkxEVks
  4. [ 編集]

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Author:サトコ
8年間の同居・介護
その2年後に離婚
約10年間の結婚生活を
綴る過去日記です。

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