人間(こころ)が壊れるとき

10年間の結婚生活と在宅介護記録です。

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No.72 手助け

月2〜3回のペースで、車椅子で外出する機会を作りました。
スーパーであったり、ちょっと遠くの大きなショッピングモールだったり。
外出というのは、生活のマンネリ防止とともに、
病気の進行を遅らす意味でも、とても貴重なスケジュールでした。

車で15分ぐらいの、ひとつ隣の(急行が止まるソコソコ大きな)駅は、
駅直結の大きなショッピングモールがあり、駐車場も広い。
たまにですが、気晴らしも兼ねてそこへお出かけすることがありました。


車椅子外出で感じたことのひとつに、他人の反応がありました。


車椅子人口、きっと(思ってるより)たくさんいると思うんですが、
外で見かけることって・・・案外少ないような気がしました。
人が大勢集まる場所でも、見かけることはほとんどない


つまり、車椅子(障害者)と接したことがない人が大多数ということ


家族に車椅子利用者がいる、医療・福祉関連のお仕事をしている
のでなければ、一生関わらない人だっているでしょう。
私もそう、姑と出会わなければ、介護も障害も何も知らないままでした。

かといって、障害者に無関心・・・てわけでもないんですね。

姑と一緒に外を歩いていると、チラチラと、こちらを伺うかたがいる。
もの珍しさもあるでしょうが、おそらく心の中は


車椅子のヒトだ、なにか困ってないかな?
お手伝い・・・したほうがいいのかな?
でも余計なお世話かな・・・



みたいな心の迷いを、ビシバシと感じるんです。
結局何もされないまま(それでいいんですが)ではありますが、
車椅子を見て、心の良心が多少なりとも動く気持ちはみなあるようです。

でも、手助けの方法も知らない、障害の知識もない、
気持ちはあっても何もできない、というのが健常者の実情ですね

実際、車椅子外出をしてみて、「他人の手助け」は難しいと思いました。


必要なとき、必要なぶんだけ手助けするという判断ができるか?

どんな場面でどんな手助けが必要なのかが判断できるか?

手助けが必要だとわかっても、適切に安全に、手助けできるのか?



などの諸々の判断・・・経験が無いと不可能に近いことです。
健常者だけで、普通の日常生活をしているだけでは知識はつかない、
「困ったヒトを見たら助けましょう」と、道徳的にスリ込むだけでは・・



ですが、姑が外出することは、他人にとって、
なにがしかの意識に訴えることはできると思いました。

めったに見ることがない、触れ合うこともない車椅子障害者。
ショッピングモールで、喫茶店で、偶然見かけることで
なにかを感じてもらう・・・それだけでも姑の存在価値はあったでしょう。

通路が狭くて品物を隅々まで見ることができない、
たった2段の階段を上がることができない、
普通のトイレしかなく、ドアを半開きの状態で用を足さないといけない

不便を感じる場面はたくさんありましたが、
そのいずれも、周囲にたくさんの健常者の目がありました。

どのように感じられたかは人それぞれ、それでいいと思います。



まずは見る(見せる)こと そこから始まる





そしてつくづく実感したのは、日本人の道徳、美意識(?)です。
日本人という国民性というか、「恥・遠慮の文化」とでも言うか


他人に迷惑かけない

我慢は美徳

相手に合わせて自分を抑える

でしゃばらない

目立たない  ・・・etc


少なくとも私の年代以前の日本人の、潜在的な強い道徳感。
良い面もたくさんありますが、障害者にとっては良くないことばかりです。
障害者と健常者の壁になる、よく聞く言葉のひとつが


相手がなにも言ってくれないからわからない」 です。


障害者は「誰か声をかけてくれたらお願いできるのに」
健常者は「何か言ってくれたらお手伝いするのに」

お互いが、相手の出方を待っている状態で、自分から行動しない。
そして「健常者は冷たい」「障害のことがわからない」と思ってしまう。

どちらの言い分も正しい 日本的道徳観でいうと。

障害者にとっては、無理をお願いしないといけない「遠慮心」があり
自分から「助けて下さい」と言い辛い心理があります。
健常者にとっては、頼まれもしないのにズカズカと声をかけても
「でしゃばり」「ええかっこしい」となって、逆効果を恐れてしまう。


どちらも 典型的日本人の特徴(性質)なのですよ。
福祉が進む外国との差は、こういう国民性も大きな原因だと感じます。






障害に関わらず、聞かないとわからないことは多いです。
相手の気持ち、状況、するべき手助け・・・
相手に良かれと思っても、まったく逆効果になることは多いです。

特に未経験のこと、無知なことに関しては






介護なんて、その最たるものじゃないかな






外出の時も在宅介護の時も、「お手伝いできることがあったら言って」
と声をかけてくださるかた、少なからずおられました(社交辞令含め)。
そのお気持ちは充分嬉しい、アレもコレも手伝って欲しいのが本音です。

でも、無理なことばかり(うちの場合は)

結局、介護関係の諸処プロのかたにお願いするしかない、
一般の健常者のかたの善意だけでは、出来ないことが多すぎる

車椅子障害者のかたや、病気等で不自由なかたが
もっと身近に、生活に自然に溶け込んでいけるような住環境が必要で
幼いうちから、障害者を自然に受け入れる心がないと難しいと感じます。







大人になってから、老人になってから道徳観を変えるのは、
ちょっと・・・難しすぎますよね

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  1. 2007/12/15(土) 18:26:10|
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Author:サトコ
8年間の同居・介護
その2年後に離婚
約10年間の結婚生活を
綴る過去日記です。

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